警視庁の調査によると、昨年1年間に死亡事故を起こした75歳以上のドライバー459人のうち、34人が免許更新時の認知機能検査で「認知症の恐れ」の第1分類とされたとの結果が出ています。認知症患者は、認知能力の低下から、「赤信号を無視する」「道路を逆走する」「遮断機が下りているのに踏切内に進入する」といった行動をとることがあり、若い人に比べて交通事故を引き起こす危険性が増大すると指摘されています。
この点に対応し、道路交通法の改正が重ねられています。
まず、2014年6月施行の改正道路交通法では、運転に支障を及ぼす可能性のある病気(てんかん、統合失調症、睡眠障害、認知症、アルコール・薬物中毒など)の人には、病状の申告義務が課されました。虚偽申告した場合は、1年以下の懲役または30万円以下の罰金が課されます。
また、2017年3月施行の改正道路交通法では、75歳以上の運転者が認知機能が低下したときに起こしやすい一定の違反行為(信号無視など18項目の基準行為)をしたときには、臨時の認知機能検査を受ける義務が課されました。この効果か、75歳以上のドライバーが今年1~5月に起こした交通死亡事故は、過去10年で最少となり、死亡事故全体に占める割合も12.2%と前年同期の13%から0.8ポイント減少しています。
しかし、このように行政上の規制を強化しても、認知症患者が加害者となる死亡事故が起きてしまうことはあります。
では、加害者が認知症を患っていた場合、被害者は誰に対してどのような責任を問えるのでしょうか。
<刑事責任>
加害者本人が刑事責任を負うかどうかは、責任能力があるかどうかによります。
鑑定の結果、認知症により心神喪失または心神耗弱の状態であったと判断されれば、刑事責任を問えず、または刑罰が軽減されます。これは、刑事政策上はやむを得ないこととはいえ、ご遺族にとってはやりきれないことです。しかし、被害者ご遺族も何もできないわけではありません。死亡事故など一定の刑事裁判では「被害者参加」という手続が用意されています。この手続を利用すれば、刑事裁判の場で被告人に直接質問をしたり、事実または法令の適用について意見を述べることが可能となります。被害者ご遺族からすれば、納得とまではいかなくとも、せめて裁判の場で自分の気持ちを加害者や裁判官に伝えることのできる貴重な機会と言えるでしょう(当サイトでもお手伝いさせていただいていますので、お気軽にご相談ください)。
<民事責任>
次に、慰謝料等など、民事上の責任を問うことはできるでしょうか。
この点、民法713条では、以下のように規定されています。
「精神上の障害により自己の行為の責任を弁識する能力を欠く状態にある間に他人に損害を加えた者は、その賠償の責任を負わない。」
加害者が認知症を患っている場合、この規定に該当すれば、認知症の加害者本人が損害賠償責任を負わないことになってしまいます。
もっとも、認知症と言ってもその程度はいろいろです。それゆえ、「認知症=精神上の障害による自己の行為の責任を弁識する能力を欠く」とは限りません。認知症を患っていても、本人が責任を負う場合もありますので、その点は注意が必要です。
また、仮に認知症の本人が責任を負わないとされる場合、誰にも責任が問えないわけではありません。この点について民法714条は、次のように規定しています。
「1 前二条の規定により責任無能力者がその責任を負わない場合において、その責任無能力者を監督する法定の義務を負う者は、その責任無能力者が第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、監督義務者がその義務を怠らなかったとき、又はその義務を怠らなくても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。
2 監督義務者に代わって責任無能力者を監督する者も、前項の責任を負う。」
このように、加害者本人が認知症のために責任を負わない場合、本人の監督者である家族などが監督義務を怠ったとされれば、責任を負うことになります。
このように、相手方本人が認知症だからと言って、責任を問えないわけではありません。あきらめずにご相談いただくことが重要と言えるでしょう。
弁護士 田保雄三