さて、死亡事故と労災保険(1)では、死亡事故の場合の労災保険給付の基本的な制度概要をご説明しましたが、今回は「労災保険給付を受け取った場合に損害額がどうなるか」という点をお話ししたいと思います。
交通事故においては、相手方本人及び相手方の契約している任意保険会社に対して損害賠償を請求できることはもちろんですが、それ以外でも自賠責保険、政府保障事業制度、年金などの社会保険、そして今回取り上げた労災保険など、様々な被害者救済制度が設けられています。これらの被害者救済制度を利用して損害の填補を受けた場合、相手方に対して請求できる賠償額は減ってしまうのか?というのが今回のテーマです。
まず、遺族補償年金については、平成27年3月4日の最高裁大法廷判決において、「被害者が不法行為によって死亡した場合において、その損害賠償請求権を取得した相続人が遺族補償年金の支給を受け、又は支給を受けることが確定したときは、損害賠償額を算定するに当たり、上記の遺族補償年金につき、その填補の対象となる被扶養利益の喪失による損害と同性質であり、かつ、相互補完性を有する逸失利益等の消極損害の元本との間で、損益相殺的な調整を行うべきものと解するのが相当である。」と判示しています。「損益相殺的な調整」というのは簡単に言えば、同じ事故について、被害者が損害を被ったのと同じ原因によって利益も得ている場合に、その利益を損害から控除して(差し引きして)調整するという意味であり、最高裁はこの調整を行うことが相当だとの見解を示しました。したがって、遺族補償年金を受給した、あるいは受給することが確定した場合は、その分賠償額が減少することとなります。
また、この調整が行われる時期については、「不法行為の時に填補されたものと法的に評価して損益相殺的な調整をすることが公平の見地からみて相当である」としています。交通事故の場合、事故発生時から損害が発生するものと観念され、さらにその損害額を元本として遅延損害金(遅延損害金については、「民法改正が死亡事故の遅延損害金に及ぼす影響について」などもご参照下さい。)も発生しますが、この最高裁判例に従えば、損益相殺的調整が発生する場合、事故発生の時点から損害が填補されたという扱いがなされることから、この部分についての遅延損害金は請求できないこととなります。
もっとも、遺族特別支給金や遺族特別年金(遺族特別一時金)については、労働福祉事業の一環として、被災労働者の療養生活の援護等によりその福祉の増進を図るために行われるものであり、被災労働者の損害を填補する性質のものではないとの考えから、遺族補償年金とは異なり、損益相殺的な調整を行うことは否定されています(最高裁平成8年2月23日判決)。
このように同じ労災保険給付であっても、その内容によって損益相殺の対象となるかどうかが異なりますし、その他の救済制度を利用した場合も、受けた給付が損益相殺の対象となるか否かは個別の内容によって扱いが変わってきます。そのため、実際の損害額の算定にあたっては、一度弁護士へご相談いただくことをお勧めいたします。
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弁護士 柳田 清史